弾劾裁判とは、裁判官を辞めさせるかどうか判断する裁判のことを意味します。
では、裁判官はどのような時に辞めさせられ、事例としてはどういったものがあるのでしょうか。
本記事では、以下のポイントに沿って分かりやすく解説します。
- 日本の弾劾裁判制度について
- どのような時に罷免されるのか
- 具体的な裁判の進み方
- 過去の事例について
弾劾裁判とは何か
弾劾(だんがい)とは、法的に身分を保障された公職者を辞めさせるための手続きを意味します。それを判断するために行われるのが弾劾裁判です。
日本では、主に裁判官を罷免するための制度として採用されました。
ここでは、日本の弾劾制度の概要について解説します。
日本の弾劾制度
日本の弾劾制度は、1947年に施行された「国会法」と「裁判官弾劾法」に基づいて始まりました。
弾劾制度が必要な理由は、裁判官が国会や内閣から独立しており、憲法で身分が保障されていることにあります。
日本国憲法の規定は以下の通りです。
憲法第78条 裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない。裁判官の懲戒処分は、行政機関がこれを行ふことはできない。
引用元:日本国憲法
さらに憲法第79条・第80条では、在職中の裁判官を減給する処分が禁止されています。
しかし裁判官に問題があった場合は、公正な裁判を保障するために罷免できなければいけません。
そこで国会から司法へのチェック機能として弾劾制度が導入されています。心身の故障を除けば、裁判官を罷免する唯一の方法です。
最高裁判所の裁判官の場合は、任命後に初めて実施される衆議院選挙で、投票を通じた国民審査による罷免が可能です。
一方、下級裁判所(高等裁・地方裁など)の裁判官に対する国民審査はありません。弾劾裁判は下級裁判所の裁判官も対象となります。
裁判官を立件するのは裁判官訴追委員会という機関です。実際に判決を下すのは弾劾裁判所であり、役割が分担されています。
どちらの機関も現職の国会議員から選出され、国会に設置されます。閉会中も活動できる独立した国家機関です。
罷免の事由
裁判官の罷免には大きく2つの事由があり、裁判官弾劾法において以下のように規定されています。
第二条(弾劾による罷免の事由) 弾劾により裁判官を罷免するのは、左の場合とする。
一 職務上の義務に著しく違反し、又は職務を甚だしく怠つたとき。
二 その他職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があつたとき。引用元:裁判官弾劾法
職務上の義務を守っていない場合の他にも、私生活で裁判官に相応しくない行為があった場合などに罷免を求めることができます。
では、裁判官は誰の求めによって罷免されるのでしょうか。
基本的には訴追委員会が罷免を求めます。訴追委員会は独自に調査し、裁判官を立件する権限を持っています。
他にも、訴追委員会が裁判官の訴追を求める請求を受けて、調査や訴追を行う場合があります。
まずは日本国民からの請求です。裁判官に罷免の事由があると考えた場合、訴追委員会に訴追請求状を提出することが可能です。
また最高裁が下級裁判所から報告を受けた場合も、該当する裁判官に対する訴追を請求できます。
弾劾裁判のやり方
弾劾裁判所が独自に裁判を行い裁判官を辞めさせることはありません。訴追委員会の調査と訴追に基づいて行われます。
ここでは、具体的な弾劾裁判のやり方について見ていきましょう。
調査と訴追
裁判官に対し訴追の請求があった場合や、訴追委員会が独自に判断した場合に調査が始められます。
訴追委員会は調査結果を審議し、次の3つの中から事案の扱いを決定します。
- 訴追を決定する(罷免に相当する)
- 訴追を猶予する(相当の事実を認めるが情状酌量する)
- 訴追しない(罷免に相当しない)
訴追委員会が訴追を決定すると、弾劾裁判所に罷免を求める訴追状を提出します。
ただし、訴追の事由には発生から3年までという時効があり、請求者は不訴追の判断に対する不服申立ができません。
弾劾裁判の開始
提出された訴追状に基づき、東京の法廷で弾劾裁判が始まります。
裁判は公開で行われ、訴追を受ける裁判官は判決が出るまで職務停止を命じられる場合もあります。
裁判の審理は一回のみです(一審を複数回に分ける場合もある)。審理に出席した裁判員のうち、3分の2以上が賛成すると罷免が決まります。
罷免されると裁判官の身分だけでなく、検察官や弁護士になるための法曹資格も失います。また退職金は出ず、年金も制限されます。
判決に対する不服申立は基本的に認められておらず、裁判官は一度の判決によって厳しい制裁を受けます。
資格回復の裁判
罷免された裁判官は、弾劾裁判所に対して失った法曹資格の回復を求めることができます。
こちらは公開の法廷ではなく、書面による審理も可能です。
裁判官弾劾法第38条では以下のように規定されています。
第三十八条(資格回復の裁判) 弾劾裁判所は左の場合においては、罷免の裁判を受けた者の請求により、資格回復の裁判をすることができる。
一 罷免の裁判の宣告の日から五年を経過し相当とする事由があるとき。
二 罷免の事由がないことの明確な証拠をあらたに発見し、その他資格回復の裁判をすることを相当とする事由があるとき。
② 資格回復の裁判は、罷免の裁判を受けた者がその裁判を受けたため他の法律の定めるところにより失つた資格を回復する。引用元:裁判官弾劾法
このように、一度罷免されても正当な理由があれば、失った法曹資格を取り戻すことができます。
資格を回復する手段がある理由は、資格停止による経済的な不利益によって本人や家族の生活が苦しくなる場合もあるためです。
弾劾裁判の目的は不適切な裁判官の排除であり、個人の生活を追い詰めることではありません。
5年経過した上で弾劾裁判所が請求を妥当だと認めれば、再び弁護士などの法律家として活動できます。
実際に辞めさせられた人は?
弾劾裁判には過去9件の判決があり、そのうち罷免された裁判官は7人です。
現在(2023年1月時点)行われている弾劾裁判も含め、訴追の争点に注目しながらいくつかの事例を紹介します。
初の弾劾裁判と罷免の事例
日本における最初の弾劾裁判は、1948年に行われた静岡地方裁判所浜松支部判事の事例です。
無断欠勤や民間商取引への深入りを追求されましたが、一社会人としての行為が大半だとして罷免されませんでした。
一方、最初に罷免の判決が出たのは、1956年の帯広簡易裁判所判事の事例です。
事件記録を放置して395件の請求事件を失効させた他、知人の金銭トラブルに介入して私的に逮捕状を発行するといった事実がありました。
また、予めサインした白紙令状を職員に預けたところ、職員の判断で令状が作成されたり、相当数が外部に持ち出されたりしたことも問題となります。
弾劾裁判所は著しく職務上の義務に違反し、裁判官の威信を損なったとして罷免の判決を下しました。
資格回復の事例
資格回復については、7回の請求のうち4回認められています。
棄却・回復の事例をそれぞれ見ていきましょう。
1956年の帯広簡易裁判所判事の資格回復請求では、事実の究明が不十分であり、不当に生活が困窮しているとして請求されました。
弾劾裁判所は、十分に審理されており、資格回復に相当しないと判断します。
1962年には、初めて資格回復が認められた元厚木簡易裁判所判事の事例があります。
元厚木簡易裁判所判事は、罷免後2回にわたり判決を不服として請求しましたが、いずれも棄却されていました。
その後、元判事は謹慎しながら厳粛に生活し、弁護士として残りの人生を人権擁護と社会奉仕に捧げたいという理由で再請求します。
弾劾裁判所は、今後同じ過ちを犯さないだろうこと、また相当の理由があることから資格回復を認めました。
岡口氏の事例
近年の事例として、2021年に訴追が始まり、現在も裁判中の仙台高等裁判所判事である岡口基一氏の訴追があります。
岡口氏がSNSで性犯罪に関する投稿をしたところ、一連の投稿が被害者遺族の感情を傷つけたとして弾劾裁判が始まりました。
これに対し、不当な訴追だと反対する声が各方面から上がっています。
理由としては、問題の投稿が個人の感想や判例の紹介に過ぎないことや、すでに3年過ぎた事由が含まれることなどが挙げられています。
過去に例のない長期の弾劾裁判となる見通しです。
まとめ
本記事では、弾劾裁判について解説しました。
- 弾劾裁判とは、身分保障された裁判官を罷免するための裁判
- 日本国憲法・国会法・裁判官弾劾法などに規定されている
- 国民は国会に設置される訴追委員会に裁判官の訴追を請求できる
- 国会の機関である訴追委員会が立件し、弾劾裁判所が審理して判断する
- 罷免されると法曹資格を失うが、正当な理由があれば回復できる
- 弾劾裁判は過去9件の判決があり、うち7人が罷免された
- 資格回復の裁判は過去7件の請求があり、うち4件が認められた
<参考>
日本国憲法 | e-Gov法令検索
国会法 | e-Gov法令検索
裁判官弾劾法 | e-Gov法令検索
裁判官弾劾裁判所公式サイト / はじめに /01.裁判官弾劾裁判所とは?
裁判官弾劾裁判所公式サイト / はじめに / 02.日本の弾劾制度
(2)裁判官弾劾の機関|裁判官訴追委員会
総務省|国民審査|制度のポイントを知ろう!
裁判官弾劾裁判所公式サイト/弾劾裁判は、こう進む
資格回復裁判請求事件の手続
(4) 訴追の請求|裁判官訴追委員会
(7) 訴追委員会の決定|裁判官訴追委員会
(8) 弾劾裁判所の裁判|裁判官訴追委員会
裁判官弾劾裁判所公式サイト / ライブラリー / 01.過去の事件と判例
岡口基一裁判官にかかる弾劾裁判について慎重な審理を求める会長声明
不当な訴追から岡口基一裁判官を守る会