「経済安全保障」というキーワードは数年前から聞かれ始めましたが、2022年5月11日に経済安全保障推進法が成立し、具体的な内容が見えてきました。
岸田内閣の元、急ピッチで進む経済安全保障対策。今年5月には経済安全保障法が制定され、今国民の間でも関心の高まる話題です。
本記事では経済安全保障法の概要、実際に経済安全保障が脅かされた事件の事例などを踏まえてわかりやすく解説しています。
経済安全保障とは
一般的に「安全保障」と言うと軍事的手段や外交政策などを用いて、国の領土や独立、国民の生命や財産を守ることを指します。
一方で「経済安全保障」は、国が経済的な手段を用いて、経済分野に関連する領域を守ることに関して使われることが多いです。
経済安全保障が何を指すのか、現段階で明確な定義は難しいとされています。
近年議論が盛り上がってきた比較的新しい分野であり、日本においても概念として完全には定着しておらず、体系的な政策の構築も不十分な状況にあるからです。
経済安全保障政策の加速
経済安全保障政策は岸田政権の目玉とも言われ、政府主導で経済安全保障政策を成長戦略の柱の1つに位置付けて、政権の最重要政策として取り組んでいます。
岸田内閣は2021年10月に内閣発足後、2022年2月末には国会に経済安全保障推進法案(正式名称「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律案」)を提出しました。
この推進法案は同年5月に参院本会議で可決され、成立しています。
経済安全保障推進法の概要
経済安全保障推進法では、経済安全保障に関わる政策の中でも早期に法制化が必要な4分野に対象を絞って法制化を行っています。
制定の背景
経済安全保障推進法が成立した背景には、国際情勢の複雑化、社会経済構造の変化があり、それに伴うリスクを回避するための取り決めが盛り込まれています。
4つの柱
経済安全保障推進法は以下の4つのポイントを柱としています。
(1)重要物資の安定的な供給網(=サプライチェーン)の確保
日本の主要産業は製造業ですが、資源、電子部品(特に半導体)などの外国中心の生産体制と輸入に依存しています。しかし、輸出規制や戦争・災害などで輸出国側に供給を止められてしまうと産業自体が成り立ちません。この項目では、国民の生活に不可欠だが供給を他国に依存している物資を「特定重要物資」として指定し、その調達・製造・販売などの供給網を強化することを狙いとしています。
(2)基幹インフラ役務の安定的な提供の確保
IT技術の進化にともないサイバー攻撃のリスクが高まっており、日本を支える電力や輸送などのインフラもリスクにさらされています。具体的には、発電所や空港に用いられる設備の導入時やソフトウェア・アップデートの際に不正なソフトウェアを仕込まれ、有事の際に誤作動を起こされる事態などを想定しています。
このような事態を防ぐため、電気、ガス、石油、水道、鉄道、貨物自動車輸送、外航貨物、航空、空港、電気通信、放送、郵便、金融、クレジットカードの14の対象分野の業者に事前審査を義務付けています。
(3)先端的な重要技術の開発支援
日本の産業が世界で確固たる地位を確保し続けるために、先端技術の開発は不可欠です。開発にあたっては官民で協力することが重要です。中でも「特定重要技術」として宇宙・海洋・量子・AI・健康医療などの先端技術を想定しており、資金支援に加え、政府は制度面から社会実装をサポートする協議会を設置しています。
(4)特許出願の非公開化
軍事に転用される恐れのある技術を守るための制度です。
日本の特許制度では、出願された発明は一定期間をおいて公開されます。しかし、公開することで日本の安全保障環境が著しく損なわれる恐れがある発明もあると、推進法案の検討をする有識者会議で指摘されました。「特許出願の非公開化」には、公開することで国家及び国民の安全を損なうおそれが大きい発明を含む特許の公開を留保(=保全指定)し、技術の流出などを防ぐ狙いがあります。
政府は当面、「保全指定」の対象は軍事技術に限るとしています。しかし、軍事目的だけに使用されるものか、民間でも活用できるものか、初期段階では判断がつきにくい発明もあります。経済界からは量子やゲノムなどの先端技術の転用については、事前規制によって研究開発を抑制すべきではないという指摘もあり、自由な経済活動を阻害する可能性もあると議論を呼んでいます。
経済安全保障と半導体
半導体は「産業のコメ」とも言われ、パソコンやスマートフォン、自動車等の現代の生活に必須な工業製品材料です。
半導体の生産は現在、特定の企業や国に集中していますが、そのリスクが改めて見直されています。
日本・アメリカ・ヨーロッパ諸国・中国などは既に、半導体生産を自国内で行うための補助金による生産拠点の国内誘致や、先端技術の研究開発への投資に動き出しています。
日本では、経済安全保障政策の一環としてこの取り組みが進んでいます。
2020年12月に自民党から出された提言の中では、「戦略的自律性」と「戦略的不可欠性」という二つの概念が提唱され、政府の 「基本方針2021」では、経済安全保障の戦略的な方向性として、自律性の確保と優位性の獲得の実現が掲げられています。
狙われる安全保障と警察の取り組み
日本の企業や研究機関が持っている高度な技術情報は、諸外国から狙われる可能性が十分にあります。技術情報等が流出すると、日本の技術的優位性の低下を招くなどして、日本の経済に多大な影響を与えかねません。
これを踏まえ警察では、産学官連携による技術情報等の流出防止対策を推進し、取締りを強化することで、先端技術を含む技術情報等の流出を防止しています。
警察庁は経済安全保障対策官を設置するなど、体制を強化し政府と情報を共有しています。警視庁は2021年秋から、先端技術やインフラを扱う企業で研修を開き、スパイの手口や対処法を指南しています。
内閣府の取り組み
経済安全保障をより強く推進するために内閣府は、経済安全保障担当大臣と経済安全保障推進室を内閣府に新設しました。
初代経済安全保障担当大臣には小林鷹之氏が任命されました。
また、内閣府として経済安全保障重要技術育成プログラム「K Program」が創設され、AI、量子等の先端技術を含む研究開発と実用化に向けた取り組みが進行中です。
まとめ
- 経済安全保障とは国が経済的な手段を用いて政治的目標を達成することを指す
- 岸田政権の目玉政策として急ピッチで推進され、経済安全保障推進法が2022年5月に成立した
- 政策の4つの柱は「サプライチェーンの強化」「官民重要技術の支援」「基本インフラの安全性確保」「特許公開の非公開化」
- 規制によって日本国内の自由な経済活動を阻害する可能性も指摘されるなどいまだに議論が続いている
<参考>
THE HEADLINE
参議院
三菱総合研究所 外交・安全保障 第2回:経済安全保障推進法の成立と今後の注目ポイント
内閣府
HUFFPOST 経済安全保障推進法とは?「4つの柱」はサプライチェーン、基幹インフラ、先端技術開発、非公開特許【ゼロからわかる】
NHK サクサク経済
財務省広報誌「ファイナンス」
警察庁 技術流出の防止に向けて
警視庁 経済安全保障 狙われる日本の技術
警察庁 経済安全保障等に関する取組
北海道警察
NHK狙われる先端技術 “スパイ活動”の手口 警察庁は取り組み強化
NHK NEWS「経済安全保障推進室」内閣府に新設 法律の一部施行に合わせ
新エネルギー・産業技術総合開発機構 経済安全保障重要技術育成プログラム
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