「ナショナルミニマム」という言葉を聞いたことはないでしょうか。
ナショナルミニマムとは「国家が国民に対して保障すべき最低限の生活水準」のことを指します。そして「保障すべき最低限の生活水準」は、さまざまな要素が考慮された上で決定されます。
本記事ではナショナルミニマムの考え方や基準を解説。日本におけるナショナルミニマムに基づく政策などの具体例も紹介しています。
ナショナルミニマムとは
ここでは、ナショナルミニマムという考え方とその由来について解説します。
国家が国民に対して保証すべき最低限の生活水準
ナショナルミニマムとは国家が国民に対して保障すべき必要最低限の生活水準のことを指し、「国民生活環境最低水準」と呼ばれることもあります。関連する概念に「セーフティネット」などもあります。
国家が国民全体に対して保障すべき必要最低限の生活水準。イギリスのウェッブ夫妻らによって提唱されたもの。
引用元:スーパー大辞林
日本においては憲法第25条の「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」の生存権として定められているものがナショナルミニマムに該当します。
生活保護法や福祉各法などの法律や社会保険、雇用、教育などをはじめとする社会保障制度等の基礎にもなっている考え方です。
第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
② 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
ウェッブ夫妻の提唱したナショナルミニマム
ナショナルミニマムの考え方を最初に提唱したのは、イギリスの社会学者、経済学者であるウェッブ夫妻(シドニー・ウェッブとビアトリス・ウェッブ)といわれています。
フェビアン協会の会員であったウェッブ夫妻は、「産業民主制論」(1897)のなかで、賃金、労働時間、衛生、安全、保健、医療、住宅、教育、余暇、休息など、生活の再生産の全分野と生産力の増強に関わる問題として、最も早い時期に「ナショナルミニマム(national minimum)」論を展開。
ウェッブ夫妻はフェビアン社会主義(イギリスにおける社会主義運動の主流をなすしそう)の理論的指導者としても知られており、彼らのナショナルミニマム論は今日でも社会福祉・社会保障を考える土台を築いたと言われています。
ナショナルミニマムの考え方と基準
国家がナショナルミニマムの基準を考える際は、さまざまな指標を参照することが必要になるといわれています。
ここでは日本におけるナショナルミニマムの基準の考え方について紹介します。
経済的指標以外の指標も参照することが必要
ナショナルミニマムの考え方について「平成22年版 厚生労働白書」では、以下のようにまとめられており、ナショナルミニマムは経済的な指標だけでは決定できないことが指摘されています。
主に所得や資産等の経済的指標で捉えられてきたが、人間関係や社会参加等の社
会的指標との関連を見ることが重要。
また以下のように、多様な生活ニーズを把握するために複数の指標を参照することの重要性についても触れています。
生活ニーズは多様であり、実態を正確に把握するためには、複数の指標を複合的に
参照することが必要。
最低生活費の基準
同白書では、ナショナルミニマムの最低生活費の基準についても以下のように、多角的な検証が必要だとまとめています。
最低生活費については、水準均衡方式を基本としつつ、マーケットバスケット方式も
含め新たな手法による多角的な検証が必要。
そして最低生活費は生活扶助基準以外の設定にも活用される、共通の基準となることが指摘されています。
最低生活費は、生活扶助基準のみならず、最低保障年金、最低賃金、社会保険料、自己負担等の設定にも活用される社会保障制度等の共通の基準となる。
また生活保護のうち食費や光熱費などに充てられる「生活扶助」の基準額は固定的なものではなく、厚生労働省は5年に1度の見直しを行うなどしています。
2022年の見直しでは、一般の低所得世帯の生活費と比較し、それぞれがかけ離れないよう計算。物価高の影響を考慮した上で基準額が見直され、2023年10月より新基準による支給が始まります。
ナショナルミニマムの具体例
ここでは日本における、ナショナルミニマムを保障する制度や施策の具体例を紹介します。
以下のようなものが代表的なものとして挙げられます。
- 生活保護
- 年金
- 最低賃金
- 雇用保険
- 医療保険
など
また、「新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金」について、貧困や雇用対策に含まれるため、ナショナルミニマムを保障するものといえるでしょう。
さらに、いわゆる「子ども手当」も「子どもを持てる環境を保障する」という観点ではナショナルミニマムを保障する制度の1つといえます。
なお上記は親にとっての子ども手当の必要性といえるものですが、子どもにとっての環境の最低保障という観点から子ども手当が必要という考え方もあります。
日本における子どもの相対的貧困率はOECD諸国でも高い水準となっており、子どもの貧困問題への対応を怠ると貧困の拡大や格差の固定化を招く恐れがあると指摘されています。
まとめ:ナショナルミニマムについて
本記事ではナショナルミニマムについて解説しました。以下に内容をまとめます。
- ナショナルミニマムは国家が国民に対して保障すべき必要最低限の生活水準
- 日本においては憲法25条がナショナルミニマムの考え方に該当する
- 日本においてナショナルミニマムの基準などを考える上では、さまざまな指標の参照が必要であると指摘されている
- いわゆる生活保護費は厚生労働省によって5年に1度見直しが行われている
<参考>
新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金
ナショナルミニマム研究会中間報告
生活保護 食費など 新たな基準額決定 2年間は下がる世帯なし | NHK | 物価高騰
第 3節 ナショナルミニマムの構築
ナショナル・ミニマム – 非営利用語辞典
江里口 拓『福祉国家の効率と制御―ウェッブ夫妻の経済思想』