内閣不信任案とは?衆議院解散についてから過去の事例までわかりやすく

内閣不信任案とは?衆議院解散についてから過去の事例までわかりやすく

「本日、衆議院で内閣不信任案が提出されました。」

こんな報道を耳にしたことがあると思います。

しかし、名前だけは知っているけど、実は内容はよくわかっていない……という人も多いのではないでしょうか。

今回は、内閣不信任案とは一体何なのか、可決されるとどうなるのか、その意義と仕組みについてわかりやすく解説していきます。

内閣不信任案とは?

内閣不信任案とは、正式には内閣の不信任決議案のことです。一言でいうと、衆議院議会が内閣に対して「信任できないので退陣を要求する」という意思表示です。

ここから、詳しくみていきましょう。

この記事を監修した人
奥藤裕子
イメージ戦略の構築からトータルプロデュースする選挙コンサルタント。イメージコンサルタントとして培った知識と経験を活かし、数多くの広報ツール制作・政策立案に携わる。政治家の「自己プロデュース力を高めたい」というニーズに応えるべく、今日も現場で奮闘中。

国会が持つ内閣に対する強力な権限

内閣不信任決議案(以下、内閣不信任案)は、憲法第69条に明記された、衆議院が内閣に対して持つ権限です。

日本では、民主政治において権力の濫用を防ぐため、三権分立という考え方を採用しています。

これは、権力を持つ三つの機関、国会(立法権)、内閣(行政権)、裁判所(司法権)が互いに抑制し合うというものです。

その仕組みのうち、国会が内閣を抑制する具体的な手段のひとつが内閣不信任案です。

提出までの流れ

内閣を信任できないときに、衆議院において発議者1人と賛成者50人以上が理由を添えて議長に提出します。

また、「一事不再議の原則」という、同一の案件について議決できるのは会期中1度だけという決まりがあるので、提出できるのは国会の一会期中に1回のみです。

可決されると内閣は総辞職


内閣不信任案は、衆議院本会議で出席議員の過半数の賛成で可決します。

可決されると、内閣は総辞職(内閣総理大臣および国務大臣のすべてが辞任すること)しなければなりません。

総辞職はすぐにでも行えますが、多くは衆議院を解散し、衆議院議員総選挙を行ってから、特別国会にて内閣総辞職を行います。

衆議院を解散する場合は、内閣不信任案が可決されてから10日以内に行います。また、解散の日から40日以内に総選挙を行い、総選挙の日から30日以内に新たに国会を招集する必要があります。

新しい国会が初めて招集される段階でこれまでの内閣が総辞職し、新たに内閣総理大臣が指名され、新内閣が発足するのです。

すなわち、内閣不信任案が可決されると、衆議院を解散する、しないに関わらず内閣はいずれにしろ総辞職しなければならないのです。

実際にはほとんど可決されない?

内閣不信任案の仕組みについて解説してきましたが、実は、不信任案が提出されても、実際に可決されることはほとんどありません。

その理由と、それでもしばしば提出される理由についてみていきます。

そもそも国会議員の大多数は与党

内閣不信任案が可決されない理由は、日本が議院内閣制という制度を採っていて、国会と内閣が連帯していることにあります。

議院内閣制では、内閣総理大臣は国会議員の中から、国会議員の投票によって指名されます。すなわち、国会の議席の多数を占める与党のが必然的に多くの投票を得ることになります。

そのため、野党が内閣不信任案を提出しても、議席数が上回る与党議員の賛同を得ることができず、否決されてしまうのです。

内閣不信任案の提出は意味がない?

ここまでみてきたように、内閣不信任案は提出しても可決されることはあまり望めません。

それでも野党は、否決されることが明白であっても内閣不信任案を提出しています。

その理由は、内閣不信任案が提出されると、国会で行われている他の全ての議事が中断され、衆議院本会議を開いて不信任決議案を最優先で採決しなければならないからです。

その時に、内閣不信任案を提出した野党の代表は、提出の理由を衆議院で演説することができます。すなわち、野党が政権の批判を主張し、世論の支持を得る機会ができるのです。

よって、内閣不信任案は、内閣を信任していないことを野党が強く意思表示する、重要なものとして扱われています。

過去には可決された事例も

内閣不信任案は基本的に否決されますが、過去には与党から離反者が出て可決された事例もあります。

1947年から4回可決されている

戦後、日本国憲法が施行され、現行の制度ができてから内閣不信任案が可決されたのは、以下の4回です。

  • 1948年 第二次吉田内閣
  • 1953年 第四次吉田内閣
  • 1980年 第二次大平内閣
  • 1993年 宮沢内閣

1948年は憲法施行後、政治体制が安定しておらず、衆議院の解散などについて解釈が定まっていなかったことによる可決です。

1953年、80年、83年はいずれも党内分裂により与党内から欠席または賛成にまわる議員が出て可決しました。可決の条件は出席議員の過半数の賛成なので、賛成票を投じなくても欠席するだけで採決に影響を与えることができます。

特に、1993年の宮沢内閣に対する内閣不信任案の可決では、1955年から38年間続いていた「55年体制」が崩壊しました。自由民主党が与党、日本社会党が野党第一党という固定化していた体制が解消。8党派による連立政権、細川内閣の誕生につながり、戦後の日本政治史において重要な出来事となりました。

また、4回とも当時の内閣は、内閣総辞職ではなく、衆議院解散・総選挙を選択しました。

なぜ参議院には内閣不信任案がないのか?

内閣不信任案は衆議院にのみあるもので、参議院にはありません。

参議院には解散がないのに対し、衆議院は任期の途中でも内閣によって解散される可能性があります。また、任期は4年で、参議院の6年に対して短いことから、衆議院の方が国民の意思により近いと考えられています。そのため、衆議院により強い権限を与える「衆議院の優越」があります。

参議院には、代わりに「問責決議案」があります。

問責決議案は、内閣不信任案と同様に、政権へ対して政治的責任を問うものですが、大きく2点で異なります。

まず最大の違いは、問責決議案には法的拘束力がないことです。

内閣不信任案は可決されれば内閣は総辞職、もしくは衆議院の解散を必ずしなければなりませんが、そういった効力は問責決議案にはありません。

もう一つの違いは、内閣不信任案が内閣全体に対する不信任を表明するものである一方、参議院の問責決議案は総理大臣や国務大臣など、各職の個人に対して提出されることです。

内閣不信任案に注目

ここまで内閣不信任案とその周辺について解説してきました。

内閣不信任案は、必ず、という訳ではありませんが、毎年のように提出されています。提出された際には、採決の成り行きや提出理由に注目してみてください。

 

<参考文献>

衆議院「国会関係資料 国会について 国会の権限」

菅内閣不信任決議案 反対多数で否決 | 菅内閣 | NHKニュース

否決される内閣不信任案に意味はある?提出のわけは:朝日新聞デジタル (asahi.com)

『最新図説政経』浜島書店 2019年

『政治・経済資料 2016』東京法令出版 

 

 

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