国や地方自治体が運営する法人は、「民営化」されることがあります。公企業から、株式会社などの民営企業となります。
全国を走る鉄道を運営するJR各社は、かつて日本国有鉄道(国鉄)として運営され、その後民営化によって現在の株式会社となりました。また、2007年には郵政民営化が実施されています。
民営化は、どのような目的や方法で行われるのでしょうか。メリット・デメリットに加え、過去に注目された民営化の事例もわかりやすくまとめています。
民営化とは?
民営化とは、国や地方公共団体が所有・経営している公企業を、民間企業などに変えることです。
例えば1985年には、日本電信電話公社(電電公社)がNTTグループへ、日本専売公社が日本たばこ産業(JT)へ民営化しました。
民営化の目的
民営化の理由は事例によってさまざまです。一般的に、経営を効率化したりサービスの質を高めたりする目的があります。
公企業は法令によって、予算や事業内容が厳しく制限されていることが特徴です。そのため民間企業に比べて経営の自由度が低く、非効率になりやすい傾向があります。
民営化により、経営効率を上げたり新しい技術やサービスを導入したりしやすくなると考えられます。
例えば1980年代には、技術が発達し、それまで電電公社が独占していた電気通信事業市場に民間企業が参入する兆しがありました。電電公社は民営化によって経営の自由度を高め、市場に競争が生まれました。
国営企業・特殊法人などが対象
民営化の対象となるのは公企業で、具体的には以下の組織です。
- 国営企業:国が経営する企業
- 地方公営企業:都道府県や市町村が経営する企業
- 特殊法人:特別の法律で設立された高い公益性を持つ法人
国営企業は、電電公社・日本専売公社・国鉄・日本郵政公社などがかつてありましたが、いずれも民営化されました。現在の日本には、国営企業に該当するものはありません。
地方公営企業には、バスなどの交通事業や、電気・水道・ガス事業、病院など、生活インフラに関するものが多くあります。例えば、東京都水道局などです。
特殊法人とは、特定分野の行政のため、特別法によって設立された法人です。
事業の非効率性や赤字経営が問題視され、2000年代に特殊法人改革が実施されます。改革によって廃止・民営化・独立行政法人化などが進みました。現在は、日本年金機構や日本放送協会(NHK)などがあります。
特殊法人だった4つの道路関係公団(日本道路公団・首都高速道路公団・阪神高速道路公団・本州四国連絡橋公団)は2005年、東日本高速道路株式会社(NEXCO東日本)など6つの高速道路株式会社に移行しました。
民営化の方法(部分民営化・完全民営化)
現在の日本で公企業が民営化する場合、株式会社の形を取って民間企業になるケースが一般的です。
例えば政府が運営していた企業が株式会社となる場合も、複数の形態があります。
- 政府が株式を100%保有する:NEXCO東日本、NEXCO中日本など
- 一部の株式を政府が、残りを民間企業や個人が保有する(部分民営化):NTT、JTなど
- 政府が株式を保有せず、民間企業や個人が100%保有(完全民営化):JR東日本、JR西日本・JR東海・JR九州など
公企業はまず、特別法によって株式会社となります。その後状況に応じて政府は保有する株式を徐々に手放し、全てを売却した状態が完全民営化です。
ただし完全民営化された事業も、法令によって料金の規制などが設けられることがあります。これは市場の独占によって価格が高くなりすぎたり、質が低下したりすることを防ぐためです。
民営化のメリット
民営化の利点は、その目的でもある効率化や、公機関の支出削減などがあります。
経営・業務の効率化や向上
民営化すると市場原理が働きやすいため、経営や業務の効率化や、事業の質が向上するなどのメリットがあります。競争性を高めるために、新しい技術やサービスの開発、導入も進みやすくなるでしょう。
政府や自治体の支出削減
政府や自治体の財政負担を軽減できるという利点もあります。財務が効率化されるだけでなく、株式会社は株式の発行などによって事業の財源を確保できるため、公機関の支出が減ったり、なくなったりするためです。
民営化のデメリット
一方で、民営化による弊害や懸念もあります。
平等性や公共性がなくなるおそれ
もともと公企業が担っていた事業の多くは、インフラなど公共性の高いサービスです。
しかし民営化によって利益や効率を重視し過ぎると、事業者にとって利益に繋がりにくい地域や人に対するサービスが、手薄になってしまう可能性があります。
本来は誰でも受けられるべきサービスが、不平等になってしまうおそれが懸念点です。コストカットなどのために安全性や質が犠牲になってしまうこともあるかもしれません。
経営主体の影響が強くなる
民間企業は経営者や株主の意向が強く反映されやすく、方針が変わることもあります。経営主体の影響はメリットになる場合もありますが、安定したサービスが提供されなかったり、内容が頻繁に変更になることも考えられます。
また、政府や自治体による介入が難しくなるため、適切な監査なども必要です。
過去の民営化事例
日本ではこれまでさまざまな公企業が民営化されてきました。中でも、私たちの生活に馴染みの深い事業の民営化は、特に注目されます。政治的な争点になったこともありました。
国鉄民営化(1987年)
日本初の鉄道は1872年に新橋〜横浜間で開通し、国鉄が運営しました。しかし1964年以降は赤字経営が続き、1980年代には年間1兆円程度の深刻な負債が累積され続けます。
背景には、国営企業であるために事業範囲が制約されていたことや、全国一元管理の組織体制などがありました。
経営形態を抜本的に改革するため、国鉄改革関連法などに基づき、国鉄は1987年に分割民営化されました。JR東日本など旅客6社とJR貨物の計7社となっています。
国鉄時代に負った長期債務の清算や、資産の処理、職員の雇用問題などに対応するための組織として日本国有鉄道清算事業団も作られました。
国鉄改革の方針として、経営基盤が整い次第できるだけ早く株式を売却することが当初から定められています。現在、以下の4社は上場を経て完全民営化しました。
- JR東日本(2002年)
- JR西日本(2004年)
- JR東海(2006年)
- JR九州(2016年)
郵政民営化(2007年)
郵便・郵便貯金・簡易生命保険の3事業は、かつて郵政省や郵政事業庁が担っていましたが、2003年に国営企業の日本郵政公社が設立されて事業を引き継ぎます。
2005年、当時の小泉純一郎内閣は「聖域なき構造改革」を掲げ、郵政事業を民営化するための法案を国会に提出しました。しかし参議院で否決され、小泉首相は衆議院を解散したため、総選挙となります。この衆院選は「郵政選挙」と呼ばれ、注目されました。
総選挙の結果、郵政民営化に賛成する議員を多く含んだ自民党が大勝し、2007年に民営化が実現しました。日本郵政公社は民営化によって、持株会社の日本郵政株式会社と4つの事業会社による「日本郵政グループ」となります。
しかし、サービスの低下など民営化のデメリットが指摘され、2012年に郵政民営化見直し法が成立しました。
日本郵政グループの体制が再編され、郵便事業株式会社と郵便局株式会社が統合しました。株式会社ゆうちょ銀行と株式会社かんぽ生命保険の株式は、できる限り早期に売却し完全民営化を目指すこととされています。売却益は東日本大震災の復興に関する財源に充てられます。
地方自治体による民営化:地下鉄や保育園、図書館など
地方自治体が運営する企業も、民営化することがあります。例えば、大阪市交通局は2018年に公営地下鉄として初めて民営化し、大阪市高速電気軌道株式会社(大阪メトロ)となりました。
他に、公立保育園や図書館などの公共施設を民営化したり、運営を民間委託するケースもあります。
まとめ
- 民営化とは、国や地方公共団体が所有・経営している公企業を、株式会社などの民間企業に変えること
- 民営化の目的やメリットは、経営の自由度を高めて効率化したり、新しい技術やサービスを導入しやすくしたりする点にある
- 一方で、民営化によって利益や効率を求め過ぎると、サービスの質や平等性が損なわれるおそれもある
- これまでの日本で、民営化によって誕生した民間企業は、NTT・JT・JR・日本郵政グループなどがある
<参考>
『政治・経済用語集 第2版』山川出版社、2019
『2021新政治・経済資料 三訂版』実教出版編修部、2021
第2節 官から民への様々な手法 – 内閣府
第2-2-14表 NTT、JR、JTの民営化の概要 – 内閣府
JTグループの歴史 | JTウェブサイト
沿革 | 会社案内 | NTT
民営化によってどれほど「民営化」しているのか | 公益社団法人 日本経済研究センター:Japan Center for Economic Research
JR株式の処分 | 国鉄清算事業 | JRTT 鉄道・運輸機構
東日本高速道路株式会社有価証券報告書 令和4年3月期(第17期)
中日本高速道路株式会社有価証券報告書 令和4年3月期(第17期)
民営化 | 神戸大学MBA
民営化のメリット・デメリット
国鉄改革と完全民営化
鉄道150年を振り返る 一晩で変わったマーク・連結器…
「国鉄の分割民営化から30年を迎えて」
郵政解散 自民圧勝 | NHK放送史(動画・記事)
郵政民営化法の改正でこうなる
区立保育園の民営化について|足立区
TSUTAYA図書館に協業企業が呆れた理由 | 公共・福祉サービス
公立図書館、民間運営が2割に | NEWS WATCHER
会社概要|Osaka Metro
大阪メトロ民営化1年 全員参加型で経営改革: 日本経済新聞
最終閲覧日は記事更新日と同日