「一度は耳にしたことがあるけれど、説明してと言われると困ってしまう」という言葉、意外と多いものですよね。「一票の格差」も、その代表格ではないでしょうか。言葉としては知っているけれど、一体何が問題なの?と思われている皆さんの疑問にわかりやすくお答えします!
一票の格差とは
「一票の格差」について、日本大百科全書(小学館)では、以下のように説明されています。
選挙区ごとに議員一人当たりの有権者数が異なることから、一票の重みに不平等が生じる現象
具体例で考えてみましょう。
例えば、議員定数1で有権者が40万人の選挙区Aと、同じく議員定数1で有権者が20万人の選挙区Bがあったとします。両者を比較すると、選挙区Aの有権者が持つ一票の価値は選挙区Bの半分で、「一票の格差は2倍」ということになります。
有権者の多い選挙区ほど一票の価値は軽く、逆に少ない選挙区ほど一票の価値は重くなり、この不平等を「一票の格差」と表現しているわけです。日本の人口構成を踏まえると、都市部ほど一票の価値は軽く、地方ほど重くなる傾向がある、と言えます。
憲法違反?
この「一票の格差」が初めて問題視されたのは、1962年にまで遡ります。憲法第14条に定める「法の下の平等」に反する、として、当時司法修習生だった越山康さんという方が提訴しました。
初回の判決は「合憲」との結果でしたが、その後も現在に至るまで選挙の度に訴訟が繰り返され、「違憲」または「違憲状態」との判決が複数出ています。
過去の議員定数是正訴訟最高裁判決
参議院議員選挙
選挙年 | 格差 | 判決年 | 判断 | 法廷 | 判決趣旨 |
1962年 | 4.09 | 1964年 | 合憲 | 大法廷 | 定数配分は立法政策 |
1962年 | 4.09 | 1966年 | 合憲 | 第三小法廷 | 極端な不平等ではない |
1971年 | 5.08 | 1974年 | 合憲 | 第一小法廷 | 極端な不平等ではない |
1977年 | 5.26 | 1983年 | 合憲 | 大法廷 | 参議院については要譲歩 |
1980年 | 5.37 | 1986年 | 合憲 | 第一小法廷 | 前回選挙から格差拡大せず |
1983年 | 5.56 | 1987年 | 合憲 | 第一小法廷 | 配分規定は合憲範囲内 |
1986年 | 5.85 | 1988年 | 合憲 | 第二小法廷 | 配分規定は合憲範囲内 |
1992年 | 6.59 | 1996年 | 違憲状態 | 大法廷 | 著しい不平等状態だが、是正は立法裁量権の範囲内 |
1995年 | 4.97 | 2000年 | 合憲 | 大法廷 | 不平等は立法裁量範囲内 |
1998年 | 4.98 | 2000年 | 合憲 | 大法廷 | 不平等は立法裁量範囲内 |
2001年 | 5.06 | 2004年 | 合憲 | 大法廷 | 不平等は立法裁量範囲内 |
2004年 | 5.13 | 2006年 | 合憲 | 大法廷 | 不平等は立法裁量範囲内 |
2007年 | 4.86 | 2009年 | 合憲 | 大法廷 | 定数配分は合憲範囲内 |
2010年 | 5.00 | 2012年 | 違憲状態 | 大法廷 | 著しい不平等状態だが、是正は立法裁量権の範囲内 |
2013年 | 4.77 | 2014年 | 違憲状態 | 大法廷 | 違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあったが、憲法に違反するに至っていたということはできない |
2016年 | 3.08 | 2017年 | 合憲 | 大法廷 | 合区の導入により是正が図られ、さらなる是正への決意が示されている |
衆議院議員選挙
選挙年 | 格差 | 判決年 | 判断 | 法廷 | 備考 |
1972年 | 4.99 | 1976年 | 違憲 | 大法廷 | 事情判決により選挙は無効としない |
1980年 | 3.94 | 1983年 | 違憲状態 | 大法廷 | 違憲状態であるが是正のために必要な合理的期間であった |
1983年 | 4.40 | 1985年 | 違憲 | 大法廷 | 事情判決により選挙は無効としない |
1986年 | 2.92 | 1988年 | 合憲 | 第二小法廷 | 1986 年の定数是正(8増7減)で不平等状態は一応解消され、 違憲とまでは言えない |
1990年 | 3.18 | 1993年 | 違憲状態 | 大法廷 | 違憲状態だが事情判決により選挙は有効(1983年判決と同趣旨) |
1993年 | 2.82 | 1995年 | 合憲 | 第一小法廷 | 不平等は立法裁量範囲内 |
1996年 | 2.309 | 1999年 | 合憲 | 大法廷 | 不平等は立法裁量範囲内 |
2000年 | 2.471 | 2001年 | 合憲 | 第三小法廷 | 不平等は立法裁量範囲内 |
2003年 | 2.064 | 2005年 | 却下 | 第三小法廷 | 衆院が解散されたため「訴えの利益」が無くなった |
2005年 | 2.18 2.171 | 2006年 2007年 | 合憲 合憲 | 第二小法廷 大法廷 | 比例代表ブロックの定数も合憲 不平等は立法裁量範囲内 |
2009年 | 2.304 | 2011年 | 違憲状態 違憲状態 | 大法廷 大法廷 | 1人別枠方式に係る部分は違憲状態であるが、合理的期間内に是正がされなかったとはいえない |
2012年 | 2.43 | 2013年 | 違憲状態 | 大法廷 | 憲法の要請に反する状態だが、合理的期間内に是正されなかったとはいえない |
2014年 | 1.17 2.129 | 2015年 2015年 | 合憲 違憲状態 | 第一小法廷 大法廷 | 比例代表ブロックの定数は合憲。憲法の要請に反する状態だが、合理的期間内に是正されなかったとはいえない。 |
[出典:一票の格差是正を目指して/過去の選挙無効訴訟最高裁判決(共に経済同友会)]
直近では2021年10月衆院選における「一票の格差」を巡り16の訴訟があり、「違憲状態」が7件、「合憲」が9件でした。
「違憲状態」とは?
「違憲状態」とは、簡単に言うと「このまま放置したら違憲になりますよ」と黄色信号が灯っている状態です。格差を是正するのに必要な「合理的な期間」を過ぎても改善できなければ、それは「違憲」です、ということです。
しかし、「違憲」であるといっても、選挙を無効にしてしまうと、当該選挙区に議員が存在しないことになり、却って社会的に不利益が生じてしまいます。
そこで、「違憲」判決が出された場合でも「事情判決」(*)の法理が適用され、終わってしまった選挙自体は有効とされてきました。
ただし、衆院選に関して「違憲」判決が出された85年の判決では、最高裁の「補足意見」において「是正を怠ると将来、選挙無効にすることもあり得る」とまで踏み込んだ見解が示されていました。それにもかかわらず、未だ「一票の格差」問題は続いているのです。
(*)事情判決:違法な行政処分の取消請求を公益上の理由で棄却する制度(行政事件訴訟法31条)[出典:日本大百科全書(小学館)]
なぜ是正が遅々として進んでいないのか?
60年もの長い間、議論され続けてきたこの問題。なぜ是正するのにここまで時間が掛かってしまったのでしょうか。
一つの意見として「地方に強い政党は自身の党に有利な状況を進んで変えたいとは思わない」との指摘があります。(経済同友会資料より)
また、「投票価値が高い都道府県ほど、より多額の普通建設事業費を受け取っている。(略)一部の国会議員による選挙区への利益誘導型の政治が 、一票の格差という問題の背景にある」との指摘もあるようです(同)。
なかなか一筋縄ではいかない背景があることがわかります。
一票の格差の解決方法は?
様々な要因から是正に時間を要している「一票の格差」。ようやく本格的な是正に向けて少しずつ動き始めたと言えるのが、2016年頃でした。参議院の選挙区選挙において「合区」を設置した初の選挙が行われ、衆議院の小選挙区選挙における区割基準として「アダムズ方式」の導入が決定してからです。
参議院:合区
「合区」とは、隣接する選挙区を統合し、一つにまとめることを指します。2016年以降、参議院の選挙区選挙において、島根と鳥取、徳島と高知がそれぞれ「合区」となっています。
各選挙区における議員:有権者の比率を平等に近づけるためには、各選挙区において①議員の数(定数)を変更するか、②有権者の数を変更するか、ということになります。人口が相対的に少ない2つの選挙区を合体させることで②を実現しようとしたのが「合区」です。
衆議院:アダムズ方式
衆議院においては、「アダムズ方式」の導入が、「一票の格差」是正に向けた一つのステップでした。
実は、2011年3月の大法廷判決において、09年の衆院選が「違憲状態」とされた際、一つの指摘がされていました。衆院選における小選挙区の区割基準であった「1人別枠方式」こそが、「一票の格差」が解消しない原因であるとの指摘です。その対応策とも言えるのが「アダムズ方式」の導入です。
「1人別枠方式」とは、47都道府県に1議席ずつ配分し、残る議席を人口に応じて按分する方式です。たった1議席ですが、されど1議席。人口に比例しないこの一律の1議席の配分が、格差を助長していたようです。
一方の「アダムズ方式」は、この「1人別枠方式」と比較すると、都道府県の人口比率を反映しやすい議席方式であるとされています。「アダムズ方式」は2022年以降初の衆院選(解散がなければ2025年秋頃)から適用される予定です。
アダムズ方式とは?仕組みや導入の経緯を解説 | スマート選挙ブログ
まとめ
- 「一票の格差」とは、一票の重みに不平等が生じる現象で、選挙区ごとに議員一人当たりの有権者数が異なることにより生じる
- 憲法第14条の「法の下の平等」に反する、として1962年から訴訟が続いており、「違憲」「違憲状態」とされた判決も複数ある
- 参院選においては、2016年以降の選挙区選挙において、島根と鳥取、徳島と高知をそれぞれ「合区」とすることで、格差解消を図ろうとしてきた
- 衆院選においては、小選挙区の区割基準である「1人別枠方式」が格差の原因であると指摘されてきた。この点を改善すべく、2022年以降初の小選挙区選挙から「アダムズ方式」が適用されることになっている
<参考>
一票の格差とは – コトバンク
いっぴょうのかくさ【一票の格差】 | い | 辞典 | 学研キッズネット
「1票の格差」半世紀の不作為 | nippon.com
3分で分かる司法の話:「1票の格差」訴訟 どんな格差で何が問題なのか | 毎日新聞
違憲状態7件、合憲9件 「1票の格差」高裁判決出そろう
一票の格差 是正を目指して
過去の選挙無効訴訟最高裁判決 衆議院議員選挙
事情判決とは – コトバンク
合区とは – コトバンク
[早わかり 参院選Q]一部選挙区、なぜ合区に?
アダムズ方式 | ねほりはほり聞いて!政治のことば | NHK政治マガジン
コトバンク|1人別枠方式
次の衆院選から適用の「アダムズ方式」とは 議席配分の計算式を解説
日本経済新聞|22年以降はアダムズ方式に
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